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アバンシェル赤坂と雨に消えた天使 [ホテル]


一部屋一部屋、コンセプトがあり、内装が様々なイメージに統一されている。
こういうと、ラブホテルのようだが、そこは非常に上品なもので、くつろげる日常空間を演出しているのはさすがだと思う。

チェックインしたのは4時ぐらいだったが、車と荷物をフロントに預け、俺達はすぐに街に出ることにした。
赤坂は、酒を飲むにはいい街なのだが、カップルで楽しめる店はそう多くない上、混んでいる。
俺達は、10分ほど街をぶらつき、ようやく見つけたバーで軽く食事を取り、酒を飲んだ。

「いいの?」
彼女がようやく口を開いた。
「何が?」
「面倒なことに巻き込んでしまったんでしょ? 私」
「そうでもないさ」

 別に本当に面倒だとは思わなかった。
 来月の結婚を控え、マリッジブルーになった彼女の惚気を聞き始めたのは4ヶ月ほど前。
 それが、だんだん深刻になったのは確かだが、好奇心のほうが強かったので、まったく苦にはなっていなかったのである。
 さすがに一人で静岡から東京まで来て、会いたいといわれたときには、多少悩みはしたが、俺は俺の意思でこのホテルに部屋を取っている。彼女がまだ高校生だった10年前から、性別を超えた友人である彼女が謝ることはないのだ。

 少し腹がふくれて、ほろ酔いになった俺たちはホテルへと戻った。
 セミスウィートだけあって、広々とした部屋は、俺達の距離を危険な方向に縮めないためのストッパーになるどころか、逆に圧縮していく。
 アルコールが入った彼女は、いつも以上にしゃべり、時には涙さえ浮かべて、心のうちをぶつけてきた。
 やがて、語り疲れた彼女が沈黙する。
 俺は彼女の肩を抱き、髪を撫でながら、やさしくハグした。
 それが精一杯だった。
 いま、感情に流されて彼女を抱けば、彼女は一生苦しむことになるだろう。
 好きだから…愛しそうだから抱けないときもある。
「眠るまで手を握ってて……」
 会社では管理職になっているバリバリのキャリアウーマンとも思えない、かわいらしい声で彼女が囁く。
 俺は彼女の手を握り、床に跪いた。
「ごめんね……」
 謝罪の言葉は、まるで催眠術のように彼女と、そして俺の睡魔を呼び起こしていく……。

 ふと目が覚めると、外は雨だった。
 ベッドには彼女の姿はなく、荷物も残されていなかった。
「……?」
 呆然とする俺の携帯に着信。
「起きた? 私? いま新幹線」
 はつらつとした彼女の声が耳に飛び込んでくる。
「まったく…据え膳食わないなんて、あなたらしくもない。おかげで私、くっさい昼ドラを笑えなくなっちゃったわ。ありがとう。あ、雨ひどいから気をつけて運転してね」
 一方的にまくし立て、一方的に電話を切った彼女の声の余韻を楽しみながら、俺はタバコに火をつけて、雨の東京を眺めたのだった。



 


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